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そんな気持ちは鎖につなぎとめて 行儀よくしてください。どうぞ猿がみていますから。 …エリック・サティ
ポン・デ・リングのあまりの喉ごしの気持ちよさに、またミスドはいれちゃいけないものを混ぜたんじゃないか。それでもいいや、とあぐあぐ食べていたけれど。トレイに敷かれた紙をみたらタピオカ粉を混ぜていると白状していた。ほう。
030425-Friday
一眼レフタイプのデジカメをはじめて触った。ポケットサイズの玩具デジカメしかずっと知らないままでいればよかった。もう、駄目。気持ちよくて仕方ない。18歳の誕生日、パパに買ってもらったスカイラインGTRのアクセルをはじめて踏んだ瞬間を思い出した。気がする。 とても買えない。仮に財力があっても持ち歩く体力がない。仮に体力があってもこんな黒くて大きなものを人にむける度胸がない。そんな三重苦の溜息をついていると、暇そうな店長が話しかけてくる。いや、ごめんなさい、僕はひやかしなんです。それはみればわかるよ、私も若い頃は君と一緒だったからね。そうですか…。そこで、ものは相談なんだがね。そういうが早いか店長の口からは禍々しい黒い煙がふしふしと噴き出し、すっかりこわくなった僕は薄暗い中をなんとか入口に飛びつくと転がるようにして逃げ出すのだった。
030424-Thursday いつまでも、そこに変わらずいて欲しいのに。みんな変わっていってしまう。 渋谷センター街のサムラートで食べたあと、新玉川線で用賀に向かう。昔、住んでいた街だ。商店街をぬけたところにある小鳥屋でうちにいる小桜インコは買ったものだし、よく時間をつぶした書店は懐かしい匂いがする。せっかくなので何冊か買う。 さっそく下調べにかかろうと書店に行き、ところがそこでディカプリオ主演、スピルバーグ監督で公開中の「catch me if you
can」の原作本「世界をだました男」(F.アバネイル)を買ったら、つい一気に読み終えてしまった。 ※以下、ネタバレ注意。 まず文房具屋に勤めたが最初の時給は1ドル50セント。子供のままではとても暮らせないと悟ったフランクは16歳の免許証を26歳に書きかえて仕事を探した。それでも生活費が足りなくなると小切手を切り、口座の200ドルは徐々に目減りして、あるときから不渡りと知りつつそれを切りつづけることになる。 パイロットのふりをして、世界中の飛行機のコックピットに入りこみ、時に操縦桿を握り。各地で恋人をつくって、ある時には本気で惚れた子の実家に招待されて…とうとう彼女に自分の本性を明かしてしまい、これからは真面目に文房具屋(それはフランクが唯一考えられる実業だった)をやろうと思う!と言ってパトカーを呼ばれたりする。大胆にして、どこか憎めない。 クライマックスは自分にクルーがいないのを(あたりまえだ!)物足りなくなったフランクが偽スチュワーデス一団をつれてヨーロッパ各国へ詐欺ツアーにでかけるところだろう。 そうして16歳から21歳までの間に全米50州のみならず、世界26ヶ国の警察に追われながらフランクが稼いだ金額は250万ドル。そして同じことのくり返しに倦み、詐欺が楽しくなくなっていることに気がついたフランクは引退を決意する。フランスの田舎町モンペリエに住処をみつけのんびり隠居にはいった。そして地ワインで太りはじめたところを、不運にも以前につき合っていたスチュワーデスが偶然みつけて密告されるのだ。 本国で服役後、現在のフランク・アバネイル氏は詐欺対策コンサルタントとして騙した相手を顧客にまた各地で稼ぎながら妻子ともに暮らしているという。 どれも呆気なく成功するのを読んでいると自分もちょっとやってみたくなる。偽造小切手もID証もネットワークでがんじがらめにされたいまとなってはもはや通じないだろうけれど、いまの時代だって人が制服を信じたり、小切手を取りだした封筒が本物なら中身も信じてしまうことには変わらない。私もひとつぐらい思いつかないかなーと、ちょっと考えてたら思いついた! あまりにスケールがみみっちいのでただで教えてあげよう。 まずコンビニでただのシンプル炒飯を買ってきてスキャンしたバーコードをシールにプリント。それを五目炒飯に貼ってレジに持っていくのだ。レジには「チャーハン」と品名がでるけれど店員さんがよほど詳しくなければ、叉焼やうずらの卵がはいっていても怪しまれようもない。こっそり上位機種にアップグレードできるのだ。
030422-Tuesday 机のうえに一口ぶん残って冷えてるコーヒーを飲む。そのあと冷蔵庫に残っていたシーズキューブのケーキで朝食に。昨夜、家族4人でぎこちなくハッピバースデーを歌ったことなど思いだして赤面。兄弟あわせて45歳…などと愚にもつかないことを考えながらちゃんしたコーヒーをいれ直す。なんだか気がつくとコーヒー以外の飲み物を摂ってない日があるなあ。 一日が終わるのが切なくなって、とりあえず英語でも身につけよう、と今夜から英語の勉強をはじめた。といっても話題の「えいご漬け」を買ってきてやってるだけなのだけれど。でもまたどうしてこんなことを唐突にしているのか胸に手をあてて考えてみると、こないだ汐留の電通ビルのとこのアジャンタでカレーを食べていたら、触れたら指が斬れるんじゃないかというほどぱりっとしたスーツを着こなした同じ年頃の電通社員の男女が隣のテーブルについて「最近?オフの日は、語学…かな。君はどう?」みたいなことを言い出して圧倒されてるうち、なんだかカレーの味がよくわからなくなってしまったことが大きいように思う。やい、カレーを返せ! えい、やあ、しかしここはそんなカレーへの力を語学の力にかえるのだ。このソフト、ヒアリングして打ち込むたびにカシャカシャと気持ちいい音がするのでついつい時間が経ってしまう。それなりに単語も覚えているようで、だんだんいい気分になってくるのだけど…こんなことをしていて本当に英語力が身につくのだろうか。最後のステージまでクリアしたら、真の最終ステージとして六本木にでもくりだしたい。 英語のお勉強をしているとKから電話。学生時代は色々な新刊から古本まで本を渉猟しては獲物をとどけてくれるという、いい書籍ソムリエだった彼だけれど、いまは会社員として香港で半導体を売っている。すっかり猟場にも不自由していて新刊に飢えているようだった。オンライン書店で海外発送という手もあるけれど送料が高くて、制限20キロに目一杯と手荷物で持っていけば飛行機で私が運んでいくのと荷物を送るのといい勝負なのだという。
030421-Monday 松尾スズキさんの「ギリギリデイズ」を読んでいた。この本はおおむね、松尾さんがお酒を飲んでいるか、睡眠薬を飲んでいるか、仕事に疲れて愚痴っているかの前向きな日記なのだけれど、その中に自分に届いたメールの文章を罵倒する一節があって耳が痛かった。 ネットでの言論には匿名性があって、誰でも書けて、無料のメディア…まるでトイレの壁みたいな場所だから基本的にまともなものは根付かないという極論もあれば、言葉のカラオケボックスみたいなものだろとクールに言い放つ人も、スポンサーや社会的な権威とは無縁、完全な自由から生まれた新時代の町人文化だともいう人もいる。でもまあ、できてしまったものをなかったことにできないんだから、それについてどうこう言ってもはじまらない。自分のことだけみんな自分でなんとかするんだろう。 ネット、舞台、テレビや本といったメディアの違いについて考えてみると興味深い。こういったすべての表現は受け手の「時間」という限られた陣地を奪いあってるといっていいけれど、それぞれの事情や戦法はだいぶ異なっている。私は料理だってメディアのひとつと思っているのでカフェやレストランもこれに加えて考えているけど、音楽でも陶芸でも、他に好きなものがあれば好きに加えて考えてもらえばいい。 無料なのはテレビ、ネット、草野球。 この組み合わせによって、メディア(というより、こうなると情報と空間と時間のありかた。)のおおよその性格は決まってくるのだと思う。 逆に複製できるものは安くすることが可能だ。受け手が多いほどに安くできるので本や映画やテレビは商品としては誰もが楽しめる大衆性があることが求められる。とくにテレビは枠が限られているのでその傾向がとてつもなく強いし、高い視聴率を後ろ盾に広告という形にして費用をスポンサーに負担してもらうことで受け手のコストをさらに下げて、とうとう完全に無料であれだけのものを毎日流している。作り手は大変だけど、受け手は部屋で寝転がっていればいくらでも番組が観られて努力することはなにもない。それってよく考えるとすごいことがおきている。 作り手としては芝居は劇場の座席分の人に足を運んでもらう努力が必要で、テレビは何千万人のスイッチを切らせないために努力が費やされる。どちらも似ているようにみえて求められるものはちょっとばかりかわってくる。 そして有料であるということと、双方向性が維持できることは大きく関係している。村の碁会所みたいな枯れた例外はあるにしても、たとえば格安の芝居や無料の素敵カフェというのは考えづらい。テレビと同じようにタダなら観るか、と通りすがりにやって来たひとたちで客席が埋まっていては芝居は盛り上がらないだろうし、相手が集中してないと伝わらない言葉なんて使えない。千円を払ってもここでコーヒーを飲みたいと思う人だけが集まるから、お洒落なカフェの客層はドトールと住み分けができている。自分が好きなもののためなら、人は頑張れるのだ。どうしても無料のコミュニティーは愛情が足りなくなって荒れてしまう傾向がある。有料であることで作り手のサービスの質がもとめられ淘汰がおきるというのはわかるけれど、受け手についても実は同じ事が求められていたのだ。 さておき。そうすると、よくネットの特徴といわれる双方向性や匿名性や無料といった点はそのままでは相性がよくないように思える。それはデータベース企業や、会員制をとる趣味のサイト、便利なポータルサイトが視聴率のようにPVを競ったりするのをみていれば薄々と気がつくことだけれど。そういう側面はネットビジネスの本でも読めば書いてあるのかもしれない。どれも生活を便利にしてくれるけれど、あたらしい立ち位置はそこにはない。 |
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シルチョフ・ムサボリスキー
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