030706-Sunday
明日の今頃は、渋民村で眠ってる。
バイク雑誌で書かせてもらうことになった歴史コラムの第2回。武田信玄につづいて今度は石川啄木について書くことになった。あと数時間もして、朝の5時なれば盛岡にむけて出発だ。なお、この写真はこけおどしでまだ3冊しか読んでないよ。
030705-Saturday
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030701-Tuesday
洗濯日和
朝から恋人はごきげんで
しゃぼん玉をそっとネットにいれて洗うと
慎重に洗濯ばさみで留めていく。
あらいざらしのあざらし。
ポケットにいれたまま洗ってしまったビスケット。
たっぷり一週間分の横笛が風に揺れるのは
喘息のカナリアとエラ・フィッツジェラルドが
一緒になって歌っているような感じだ。
さて、僕は焼きたてのパンでも買ってこよう。
五月の青空をゆっくりと。
天使たちのボートがわたり
ちいさな羽毛のようなものがちらちら降っている。
5月の休日に書いてたもの。雨ばかりなのでなんとなく。比喩とかじゃなしに、本当に正体不明の白いちらちらが5月には降っていたんだよなあ。わたげ?
030630-Monday
僕らの壺のはなし
もともと人より鈍感だった感受性はだんだん踵みたいになってきて。ますます素直に楽しめることが少なくなってきた。粘膜や眼球なみの感受性をむき出しでは生きていけない世の中とはいえ、こうなってしまうのも味気ないものであるなあ。
泣ける恋愛小説と聞いて手にとった某ベストセラーも、ああ、また白血病の少女が死ぬ話ね…みたいになって。ケチをつけることばかり巧くなるが、隣で同じく立ち読みをして泣いている学生さんの涙にケチをつけるわけじゃないんだ。自分が泣けないからって、人の涙を奪う権利などない。
「誰だって昔はうんこおしっこで笑う純真な子供だったじゃないか・・・」
うすた京介さんはその著書「ピューと吹く!ジャガー」
の隙間ページでこうつぶやいている。
そうなんだよなあ。だんだんとメジャーなツボは押されるのに慣れてしまって。いくらテクニシャンといえど泣きのツボにぐいぐい親指を立ててくる浅田次郎さんのような文章にすっかり身を任せるようなこともできなくなってしまった。まだ押されてないツボを求めて。ピンポイントな、シュールな、オフビートな、一周まわって新鮮な、ツボを求めてさすらう私は感動ジプシー。ルルル。だからさりげなく、しかし力強く。押してくれよ、そのあたり。うすた先生は、相変わらずいいツボを押してくれる。こんなところに、ツボがあったのか。人前で読んでいて笑い声を殺そうとすると、ときどき下腹が痙攣する。