髪の毛を贈る。
一人暮らしをしていて
未だに慣れないのは
一人でお風呂に入る事。誤解しないで欲しい。
誰も家の中にいない。
そんな状況で
お湯の中に裸で入っているということは
とても不安なものなのだ。特に髪を洗っている時など
あまりに怖くなると
泡だらけのこぶしを背中の方に回して
誰もいない空間をパンチしたりする。こんなに大変なら
髪の毛が短ければ楽になるのに
と思うけれどそう思うということは
私の髪はとても長いそれは
とっても
長いのだ。
人が私に
髪、長いね。
という時。
決して誉められているのでないことは分かっている。私の頭蓋骨はロングの似合う形でもなければ
それに張り付いた皮膚も浅黒くて
真っ黒な髪の似合う顔立ちでは無いのだ。ましてやサラサラの髪ではなく
父親ゆずりの
べったりとした硬い毛が
枝毛になっている所を想像して欲しい。
泣けてくる。髪の長い女の人を好きだという男の人がいる。
それは例えば公園を並んで歩いているとき
隣に見える風に吹かれた横顔だったり真冬にぎゅうと胸に抱きしめた時の
コートに押し込められた小さな頭だったりセックスの時、上になった女の人の髪の毛が
はらりと彼のお腹の上に落ちる事だったりする。
だからそれはどさりとねじくれた塊が
落ちる事じゃないのだ。仲の良い友達は
遠慮なく
その髪、鬱陶しいからと
染めるか切る事を勧める。私はその仲の良い友達に
言った事がある。本当に好きな人が出来たら
その人にこの髪を切って贈るのだと。変だとか暗いとか気持ち悪いとか
いろいろ言われたけれど
変だとか暗いとか気持ち悪いだとか
思う人を好きにならないから
大丈夫だと思う。小学校の時から
ずっと切っていない。
ぱさぱさの毛先の方は
初恋の頃からの付き合いだし
祖母が亡くなって
若くても白髪が急に出来る事があるのかと
驚いたのは17の時で
初めて人を殺したいと思ったのは
大学生の時の彼に裏切られた時だった。彼と話をしていて楽しかったというのが
つきあった一番の理由だったのだから
一度釣った魚に餌をやれるかよ。
あんな時でさえ変な言い回しを使っていたのを
今思うと不思議に感じる。そうか。彼の言葉は
苦労してばらまかれた餌だったんだ。
私は口の中の傷に鉤針を掛けたまま
いけすに戻った。私の感情を吸い上げた髪は
また少し伸びた。私はお姫様ではないのだから。
王子さまがあてがわれているわけでも
呪縛がかかっているわけでもないし
肌が白くなる事も無いのだけれどそんな人が一人ぐらい
どこかにいたっておかしくないと
この髪を贈る日の事を考える。
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