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ウエイトレスの一族
「ダァリン。この雨、やましてよ。」
恋人の胸に鼻を押しあてて甘える女の子。
一見、どこにでもいそうな彼女には
ある秘密があります。ねえ、ミサトさん。
「先祖代々、ウエイトレスなの。」
やがて 5時の切ないメロディーが街に流れ
ミサトさんの出勤時間がやってきました。
遠い国で戦車が燃えるニュースを子守歌に
のんきに眠る恋人の腕からミサトさんは抜け出します。
雨宿りの客でごった返した喫茶店。
エスプレッソマシンが夜汽車のように蒸気を吹きあげ、
脂性のマスターがひかりながら頑張っています。
生涯いちウエイトレスの誇りをもつミサトさんは
まずはすべてのテーブルを瞬時に確認。
さっそくひとりのお客さんのところに向かいました。
彼はすっかり冷めてしまった紅茶を前にしています。
こんなはずじゃなかったのに、
どうしてこんなことになってしまったんだろう。
あらゆる悲しみはその原因を辿れば
こうしてカップ1杯の紅茶の熱が損なわれていくことの
あとはすべて応用と発展なんじゃないだろうか。
彼の心のなかはそんなたぐいの憂鬱でぎっしり。
「お客さま。紅茶は熱いほうがおいしいですよ。」
そこでミサトさんは空のカップをテーブルに並べると
ぬるくなった紅茶をかたむけると、氷の浮いたアイスティーと
まだ熱々の紅茶にみごと注ぎ分けてみせます。
(お母さんはもっと上手だったんだけど…)
男はなにか思いついたらしく紅茶を飲みおえると
そそくさとケーキと花束を買いに行きました。
冷めてしまったものは無理に温めるより、
その冷たさを追い出したほうがかえってよかったりするもの。
こんな冷め続けるティーポットのような世界が
かろうじて暖かさを保っているのはこうしてウエイトレスの一族が
それとなく活躍しているおかげなのですが、
このことはあまり公にはされていません。
あなたの街に賑わってる喫茶店があったら
きっとそのお店には彼女たちのひとりが働いています。
カップを口にするときは、その秘密も一緒に飲み込んでください。
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